合同誌『ALL WEAPONS FREE!! 2』より再録
文:クレナイネイコ

    Fの悲劇


 彼を仮に、F少年と呼ぶ。

 不良少年のFである。
 

 彼はいわゆる『高校デビュー』なんかではない、中学から朝の職員会議の終りに「そう云えばFなんですがね」と話題に出てしまうような、ちょっとした問題児だ。筋金入りの札付きってやつと自負している。
 成長の早かった彼は、この春まで中学生だった同学年のなかではずいぶんガタイが良い。中学時代も、この間まで小学生だった・・・の口だ。それゆえに辿った道ともいえる。まあ順当だ。
 成績と通学環境を照らし合わせ、高校は県立の西浦に入った。
 これは少々失敗だったかもしれない。西浦はやけにのんびりほのぼのとした校風であり、校則のしめつけが少ないぶん、反発する生徒たちも少ない。
 つまり、体育倉庫の横でたむろするような集団がいないのだ。ちょっぴり浮いちゃって寂しいとか、決してそんなんではない。
 
 それはそうと、入学して間もなく、Fは一人の人物に目をつけた。
 彼とは大きく違い、春まで中学っていうか実はまだ中学生なんです。と云っても通らないこともない。と思う。
 つまりヒョロイ。
 顔つきも幼さが残るが、見るべきは別にあった。表情である。
 自分の身体より一ミリでも外には怖いものがいっぱい・どんなふうに傷つけられるのか怖ろしい、と語っているのが見てとれるのだ。
 顔以外も暗いし緊張している。噛み砕いていうとビビっている。何に?
 すべてにだ。
 風が吹けばビクつき、近くを教師が通ったといえばビクつき、自分で教科書を落としてもビクついている。
 世にビビり野郎は数在れど、ふだんの生活そのものにまで怖れをなしているのは、さすがにそう居ないだろう。
 目つきは主に下向きで、どこかおどおど人を見る。見るだけじゃなくて、対していれば腰が引けている。
 喋り方も(なかなか耳にする機会がやって来なかったが)誰かの気分を害さないよう、はっきり言い切らずにどこかボカされている。
 声はもちろん小さくて、時には語尾が口中に消えていく。
 Fは通りすがりで聞いたことしかなかったが、マンツーマンで話したならさぞかし苛々するだろう。
 
 そいつの名は三橋廉といった。
 
 全体の色素が薄いように、その影も薄い。
 だけどというか、だからと云うか。ひと目でピンと来ていた。
 使える。
 そういう人種だ。
 肉食獣が餌になる草食動物に気付かないわけないように、Fは三橋に気が付いた。付いた以上は何もしないのが不自然なくらいだ。
 この学校でのパシリも決まったなと思い、彼は見定めた標的、三橋に近付いた──いや。近付こうとしたのである。
 ところがだ。
 
 あんな奴で、そんなふうなのに。友達なんか一人も出来なさそうなのに。
 
 入学早々、三橋の側には誰かしら居たのだ。
 
 タイミングが取れずに四月を過ぎ。
 憤懣やるかたなく迎えたゴールデンウィークが明ける頃には、Fは焦っていた。
 三橋に接するチャンスが無い。無さすぎる。
 

 休み時間は教室の片すみで、ぽつんと座っているだろう。
 そんな予想は外れた。クラスメートが二人、彼になにくれと話しかけるのをFは意外な思いで見たものだ。
 たまたま用があって偶然話しかけてた、というわけでもないらしい。教科書ノートを抱えて移動教室するのも、休み時間どこかへ駆けていくのも一緒だった。
 トイレだって連れションだ。(男なら一人で行けや!)・・・一応弁解しておけば、毎度見張っていたわけではない。三度見かけて二度がそうなら確率としては十分だろう。
 ちなみに、一人だったとしても通行人がたくさんいればFだってどうしようもない。
 意外にも仲の良いらしいクラスメートは、ただし限られている。
 いつも一緒なのは、やたらうるさく元気な健康優良児である。
 これはFでなくとも一目で判る。どこでもいつでもあっという間にムードメーカーになる人間。リーダーシップを取るわけではないが、居る居ないで明らかに場の性質を変えてしまう。名を田島という。
 同じ問題児でも「しょうがないなあ」で笑ってすまされる、永遠に悪戯小僧から卒業しないタイプ。間違ってもFの『標的』には成りえないタイプ。
 おまけに。Fは授業をフケて帰ろうとしていた時、とんでもないものを見てしまった。
 三橋のクラスは体育でグラウンドにおり、外に作られたコートでバレーボールをしていた。女子がいない所をみれば、そっちが体育館を使わせてもらっているのだろう。
 ネットを挟んで練習試合、コートの真ん中飛んでくるボールの位置に田島がいた。
「オーライ!」
 元気いっぱい、溌剌と叫んだ田島が、跳んだ。高かった。
 腕の振りを、一瞬見失った。
 ズバン!と小気味良い音と。
 パシィ!と硬い音。
 テンテンとボールの弾む音。皆、ほとんど間をおかず響いたはずだ。
 田島はしゃがんでいた。
 Fは驚愕に自失していた。
 殺人スパイクを放った田島の球が、ネットの上の部分に当たってまんま打者に跳ね返って来、着地体勢だったはずの田島が上体を捻ってこれをかわした。
 さすがに楽そうな着地ではなかったが転ぶこともなく。カエルのように地に降りた田島に、んな阿呆な。とFは自失したのだった。
「あーびっくりした!」
 などとケラケラ笑う田島をバケモノを見る目で眺める。
 むしろケモノ。どんな反射神経だ?
 トロくさそうな三橋とはまったく違う。一体なんだって、アレがコレと友人なのか。まさかのミステリー。
 その三橋は、相手チームの中で間抜けな顔でぱちょぱちょ手を叩いていた。
 その横で軽く肩を小突いている少年。
 洩れ聞こえた声とギクシャク立つ所を変える三橋の動きによると、おそらく「敵に感心してないで位置に付け」と言ったらしい。
 ソイツも三橋の近くに居るクラスメートだ。
 愛嬌のある顔立ちと二重の円らな目・・・の割りに、気の強そうな眼光の少年である。
 誰かしらと会話をしているのを小耳に挟むと、大抵鋭い突っこみを合いの手にいれている。これまた標的外。
 その突っこみを三橋や田島に適用しようとすると、首根っ子をつかんで世話を焼くことになるらしい。名を泉という。
 どちらも一見、とても三橋と気が合うとは思われないのだが・・・
 困ったことに、彼らには最大の共通点があるのだ。
 三橋はなんと、野球部に入っていたりする。
 

「買ってもらったのってそれかあ」
 明るい声がする
 人の好さが滲み出ているその持ち主は、たしか栄口とかいった。
 声を裏切らず穏和そうな男だが、『ちょっとそこの自販でジュース買ってきてよ。後で払うってマジマジ』なんて云ったって笑ってかわされてしまうタイプだ。もちろん標的外。
「う、うん」
 頷いているのは、解説は不必要・三橋。
 Fは教室の中、廊下側の席に座っていた。
 この学校は、古い学校によくある設計で廊下側にも窓がある。ささくれた木枠に磨りガラスの嵌まった窓である。
 いい陽気の五月。全部の窓は少しずつ開いていて、目玉を動かすと人物の姿も垣間見えた。複数いる。
「見して見して」
「ん、ん」
 Fはちらっと目を向ける。
 手に持った何かを眺めている栄口。携帯らしい。
「見たことのない形だね」
「ていうか最新型だと思うんですケドー」
 栄口の横で微苦笑を浮かべている、軽そうな甘いマスクは水谷。軟弱そう、と思うのは奴が女にモテるとかいう噂への僻みなんかとは違うとも。
 けれどもやっぱり標的になりえない。そういうタチではない・・・。
「ご、ごめ」
「綺麗な色じゃん」
 何故か謝る三橋を遮るように、それに手を伸ばしたのは。
 出たな、とFは思った。
 一度も染めたことの無さそうなツンとした黒髪の垂れ目男。名前は阿部だ。
 実はメンバーの中では一番に覚えた。理由は、
「あ、ありが、と阿部くん」
 微妙な色合いの青をかざすように眺め、笑う阿部に顔を輝かせる三橋。
 一つには、コイツが連呼するからである。
 話をしながら相手の名前を呼ぶ、というのは・・・案外無いと思うのだが。
 口数の少ない三橋からあまりにも多く発せられるので、どうしても(そうどんなに心で拒んでも)覚えてしまう。
「色が 気に入って、買って もらったんだ、よ!」
 嬉しそうなのは手に入れたばかりの携帯が自慢のためではないだろう。
 阿部が褒めたから。
 脇で聞いてるだけですぐ理解できるくらい、三橋は阿部に懐いている。こういうのを傾倒しているというのか。あの男の何にそんなに惹かれるのやら、三橋は阿部に一生懸命寄っていく。
 遠くにいるのを見かけて、つい立ち止まったりもする。
 惚れてんのか、ああ?
 と、絡みそうになる・・・。
 とんでもない情景を、Fは見ている。
 部室棟の近くのベンチ、この二人が座り。
 阿部はうやうやしく三橋の手を取って。三橋はうっとりと委ね、されるがままに───
 爪にマニキュアを塗っていた。
 刷毛を使う阿部の手の慣れ具合。三橋の、塗ってもらうことに慣れきった様子。
 度肝を抜かれたので、その夜夢に出た。うなされた。
 しばらく呆然と注視していたら、気付いた阿部が、くわ!とFに向かって目を吊りあげ、一瞬で手元に戻したのだが。
 あそこで逃げてしまったのが良くなかった。だから負け犬な気分で悪夢なんか見てしまったのだ・・・。
 後から考えれば、あれはチャンスだった。あそこで『何ガンくれてんだよ』とやれば良かったものを。
 かと言って、阿部はこれまた標的には成りえないが。
 だいたい目つきが悪い。吊り目ならともかく、逆に垂れているのに鋭すぎる。
 Fは判る。あれは、まだまだ無邪気な高校一年生あたりではそういない、先輩後輩・年下年上の壁を壁とも思わないに違いない。自分の正しいと思ったことは梃子でも譲らず本当の意味では引かないだろう。
 それはともかく・・・見られたくないならそんなとこでやってんなよ!?
「あれー意外とデザイン重視?」
「莫伽やろう、値段に決まってる」
「ごめん俺は長淵・・・」
「し、渋いな」
 携帯話はまだ続いている。
 一番背の高い坊主が花井で、野球部ではキャプテンらしい。
 キャプテンというか主将と言っても馴染みそうなしっかりとした印象で、リーダーの名札が付いてる輩。
 高さを除いてもまず論外。どちらかというと天敵だ。
 目と、髪までくりっとしてるのが沖で〜、と考えていたFは、我に戻ってムカッ腹を立てた。
 野球部なんかどうだっていいんだよ!なんでここまで詳しくなってんだ、バカか俺かぁ!
「んじゃそっちの新しいのの番号教えて」
 水谷がぱかり、と自分の携帯を開く。
「う、うん!」
 三橋の返事のトーンが跳ね上がった。
「あれ?前のもそういや入れてないっけ」
「あ 新しい、ていうか 前は、持ってなく て」
 照れ照れとうつむく三橋。
 うつむいた三橋の代わりにFは見た。水谷の後ろ頭をはたいた阿部の手を。
「あ、そっかそういう集まり・・・てっ」
「必要、なかった から・・・あの、中学生だし・・・」
 気のせいか、周りの連中がハンカチで目元を押さえそうな表情になった。
「うん、中学生はあんまいないよね」
「うちも。卒業前に持ってたのは半分くらいだったよ」
 俺も持ってなかった、とは云ってないあたり。
 なんで同情的な空気になってるのか、Fにはさっぱりだった。別にビンボーで買えなかったわけじゃないだろうに。家も厳しくなさそうだし、少し意外ではあったが。
 インナーに着てるTシャツがDOLCE&GABBANAだったり、送って来た母親の車(偶然見かけた)がボルボだったりするんだぜ。
 買い物係はお財布兼用がベストだ。
 ますますもって出物だってえのに!
 Fはギリギリと歯軋りする。
 部活なんか入ってんなよな、と相手の理不尽を責め立てる。
 本来そんな、部活にいそしむようなタイプは──部に属するのが義務づけられてないこの学校で、あえて部活動をし、さらに運動部を選ぶようなタイプは『標的』の枠には入らない。
 いつもだったら入れないはずだし、勘が鈍っただろうかと一時首をかしげたFだが、その勘が抗議した。彼はきちんと的を射ている。三橋が埒外なのだ。
 三橋みたいな奴が、スポーツなんか・・・しかも野球なんてメジャーな(まさに)、日本において国技より市民権のあるシロモノをやっているのがおかしい。
 おまけにピッチャーだなどと。
 ピッチャーってのは投手。投手といえばエース。
 サッカーだって10番、テニスさえエースを狙うのだ(←?)。種目の花でスポットライトの当たる者。それこそがエース。
 とうてい三橋にあてはまる称号ではない!
 そんなに野球が好きかよ。
 すれちがう三橋に吐き捨てたことがある。もちろん八つ当たりだ。友人たちとたかたかと部室に向かって駆けているところだった彼は驚いたように振り向いたようだった。だが、それだけだ。お互いに。
 Fはため息をついた。
 学内では知る人ぞ知る、という感じに有名な、浜田が野球部の応援団に立候補した話も聞いた。ダブっていて上の学年にも・・・当然・・・知人が多く、どちらかというとこっちの世界の浜田は花井とべつの意味で敵であろう。
 どんどん目的から遠くなる。(三橋が。)
 というか見たところ三橋を浜田や阿部がパシらせてはいないのは何故なのか。やっぱり勘違いか。Fはぐらぐら揺れた。
 

 が。その放課後。
 Fは千載一遇のチャンスを得た。
 教室の近くで三橋の、「・・・まうのを、忘れたから・・・」という声を聞いたのだ。そして、ひとりぶんの引き返す気配。
 こちらに向かってくる。人影はない。三橋のクラスにも誰もいなかった。もはや三橋とひと気の無いところで二人になること自体目的のようになっているが、Fは張り切った。
 扉の影にかくれて通るのをやりすごし、三橋が教室に入るのを待って後から入り。
「おい!」
 振り向いた三橋が。
 手に固そうな木材をふりかぶっていた。
「う」
「うあああ!?」
 三橋も目を見開いていたが、Fは心底驚いた。
 そして。
 逃げた。
 これまで散々、他の連中をオミットして、三橋に対する目的も果たせずきたのだが、三橋が『逆らう意思を持つ人間』とは一度も思わなかったのだ。それが、あんな物騒なもので待ち伏せをかけるとは。
 完敗だった。
 走りに走ったFは、校舎を出たあたりで誰かにぶつかった。
 誰あろう、浜田であった。
「何だあ?・・・あ、おまえ」
 Fは声もない。浜田が自分を認識しているようなのも不気味だった。
「なあ、おまえさ」
「な、な、なんだよ!」
「よくアイツラの練習みてるだろ。だからさ。
 野球部の応援団に入んないか?」
 

 どうしてこんなことになったのか。
 
 何度考えてもよく判らない。
 ただ、浜田の提案に愕然として・・・あまりにも予想の外な所に攻撃を食らったものだから、阿呆みたいに口を開けて固まっていたら。
 追いついて来てしまった三橋が彼らを見つけて。
「あ!ま、また 会っ た」
 三橋がなぜか、表情をゆるめたり。
 連れて行かれたグラウンドで阿部が
「ああなんか、三橋と野球について語りあいたい奴だってな」
などといったりして。
「だ」
 誰がいつそんなことを!?
 Fは口パクするが、声が出ない。
「照れながら『お前も野球が好きなんだな』って三橋に話しかけてくれたんだろ。意外そうな趣味だもんな。──でもべつに隠さなくたっていいんじゃねえの?」
「おぉ?照れんのか?何で?」
「こらこら田島、聞きにくいこと聞くなって」
 微苦笑しながらたしなめる栄口。
「ああそうか外見か!」
 否定しない栄口。ある意味最も失礼だ。
「ところでおまえ、五十メートル走何秒?」
 浜田に言われ、答えたら・・・
 そのまま野球部の練習にまで参加させられたのだった・・・。
 毒を食らわば皿まで、近付いたほうが目的が達せるかもしれないし。
 そう思うことにすると少し浮上した。そうだ、考えてみればチャンスが転がりこんできたんじゃあないか。
 なにせ今まで、その近付くことにすら満足に出来ないでいたのだ。Fはひそかに燃えた。
気分は赤ずきんを待ち伏せする狼である。お婆ちゃんコスの替わりに援団腕章着用。(学ランまでは着ない。)
 が、しかし。
 


 Fは不良少年である。
 筋金入りで札付きなだけあって、現代的な『頭は良いし生活態度も真面目・・・しかし裏ではあんな事を!陰湿にして悪質!』という問題児ではないのである。
 どちらかというと、『不良っていやあそうだろうけど純でかわいい所もある本当に優しい心を持ってるよ©ごくせんbyヤンクミ』に分類されるわけで。
 早朝から夜間まで、汗みずく泥まみれで練習に打ち込み、野球ダイスキオーラを発しながらチーム一丸、勝利という王冠を目指す様をすぐ側にみた結果───
 
 夏大会が始まる頃には、心の底から応援団になってしまっていたのだった。
 そのころにはマニキュアの意味も角材のワケもどうでも良いくらいで。
 
 高校デビューどころか高校で卒業してしまったと、中学時代の彼を知る者達や、翌年西浦に入って来た同じ中学から来た後輩に言われるようになったFの悲劇(?)は、これで終わる。
 




「でも三橋、ちょっと口きいただけの人に良く怯えなかったね。怖いって云いそうなのに」
「う、お?」
 偉いぞーという口調で栄口が言うのに、
(あっちから好意的いに話しかけてくれるのは、皆いい人だ、でOKそうだけど)
 無言の異口同音・・・いや無音。
「そろそろ阿部で耐性ついてるだろ、ガラが悪い人には」
と泉が受けた。
「おい・・・どういう意味だ・・・」
「何云ってんの?」
 きょとんと田島が瞬いた。
「怖いっていうのはモモカンみたいなのを云うんじゃん!」
「・・ああ・・・」
 

 それはもう。全員耐性付きまくりであった。
 


   end

クレナイネイコ
たけばやシェスタ
(REBORN!!)