合同誌『ALL WEAPONS FREE!!』より再録
文:クレナイネイコ
   * 契機 *



 着替え終わった三橋が、ちらちらと校舎を気にして落ち着かない。


 さて何の合図かと分析する前に栄口が気が付いた。
「忘れ物?」
「は」
 びびくぅ、と背筋を伸ばした三橋は振り返って、促す顔の栄口に目を向けた。
「取りに行ってくれば。練習始めるまでまだ時間あるからさ」
「ん、うん」
 こくこく頷き部室から走り出す背中に「転ぶなよ!」と声を掛けておいて、阿部はなんとなく栄口を見つめた。
 彼らの投手は独特のインナースペースを持っていて、言い換えればとても妙だ。
 といっても、当たりが良すぎて答えが球場の外までトんでいく、さすがナントカと紙一重な田島とは違い、出す結論は意外に普通である。
 打ち上げてドームの鉄骨に引っかかってしばらく留まった挙句ミットの中に落ちてくるような物だ。特におかしい点は過程にあるのだった。


 話がそれた。


 そんな三橋の言動の礎を、栄口は比較的はやく理解する。
 三橋通訳検定があるならば彼は一級を取れるだろう────当人が取りたいかはともかく。
 本能で察するらしい、件の田島がじつは次席で準一級・・・勘でマークシート選んで全部正解、みたいな・・・あの言動を解きほぐして飲み込むタイプの阿部は、まだまだ二級というところだ。
 それはただ経験────要するに慣れで補える差なので落ちこみはしないが・・・
 落ちこむって何だ、と苦い気持ちを噛みつぶした阿部は切りかえる気分で当人に言ってみた。
「よく解るな」
「阿部も解るだろ?」
 はたして、悪気もてらいもまったく無い反応。
 だから悪気って何だ!と自分ツッコみで抑える阿部である。
「解るけど」
 あいつもすっかり打ち解けたし、とニコニコ笑っての意見の『すっかり』を修正しつつ、反論めいた言葉が出る。
「・・・もうちょっと考えるな」
「俺もそれは思った!」
 泉がホイっと手を上げて入って来た。何だ何だと耳目が集まるのは、幾人かでグラウンドに移動する群れ中だからだ。話が筒抜けである。
「栄口、待ちが少ないんだよな。あの三橋のあの発言に対して」
 あのあのと大した言われようだが、事実なものはしょうがない。
「で、何が云いたいかも大体当たりだろ。・・・俺も注意して見てんだけどなー」
「・・・・・・・・・・・・」
 通訳検定一級志望者が居た。
 注意してるのか・・・。 何となく引っかかりを覚えている阿部の脇で頷いた栄口が、
「それはさぁ」
 慣れだよ、とさきほど阿部が考えたとおりのことを言う。
 だが彼も阿部も三橋と知り合ってからの期間はまったく同じだ。過ごす時間の多さでいったらバッテリーの阿部のほうがむしろ長いし、濃い。はずだ。
 そうあるように努めてもいるし。
 しかし回答には続きがあった。
「おふくろがあんなタイプだったんだよね」
 どーゆー母親だ・・・。
 云いだす寸前で唇が止まってくれた。
 栄口の家は父子家庭だ。
「いやいやもちろん、まんまじゃ無くね。あそこまでオドオドして自己否定激しくなれるのはちょっといないって」
 まわりの顔色をよんで栄口は掌を振った。
「発想が突拍子も無いって云うかさ。ホラ、どうしてそっちに考え行くんだろうって。」
 意味が染みとおる間に彼自身も少し悩み、たとえ話を捻りだす。
「えーと、どこかで服とか買って来てくれて、でも趣味じゃない時あるとするじゃん?」
「ああ」
 相槌を打ちながら阿部は、これまでしたことも無いような会話を交わそうとしている自分たちに不思議な感覚を覚える。栄口とならそれこそ三橋より長い付き合いなのだけど。


 どのチームでも無かった連帯感が西浦には在り、その触媒があのコミュニケーション破綻生物の三橋であることはまさに不思議な運命である。どこか古典的な感慨を抱かせる・・・瓢箪から駒やら・・・塞翁が馬やら(それは漢文)


「それで渋ったら、男の子はつまんないわねって・・・」
「それは俺もあるぞ?」
 どこまで故人の思い出を引き出しても許されるのか。ためらいがちに口を挟む。阿部家は男二人兄弟だ。
 味方のいない紅一点(などというのは阿部隆也的に非常に抵抗があるが)の母は、たまに愚痴めいた口をきく。
「んー。その前がさ。・・・『ユーくんはお母さんのセンスが好きじゃないって云うのね!カノジョが出来たのねっ』て」
「はあ?」
 脈絡もアレだがユーくんもどうだ。
「カノジョの趣味に合わせて服を選んでると思ったらしいよ。オレ小学生だったけど」
「・・・・・・・・・」
「男の子なんてすぐ好きな女の子の色に染まっちゃってつまらない、とまで言われたわけ」
 小学生の俺ね。
 と、重ねて注釈。
 やっぱりどういう母親だ、と訊きたくてたまらなかったがそこは耐えた。
「女の場合こそ、嫁に行っちまうからつまらないとか言われるんじゃないっけ」
と泉。
「うん、姉貴にはそう云ってたけどね」
「あそう・・・」
 ほかにどう言えば良いのか。
 阿部は言葉を失ったが、泉は思い当たったように、にやーと笑いを浮かべる。
「んじゃ栄口は発想が突拍子も無い女がタイプってわけ?」
「はあ!?」
 ぎょっとしたのは栄口だけではない。哀しいかな部活に夢中の高1男子、興味はあってもそのテの話の免疫は少なめ。
「なんでいきなりそうなるんだっ」
「男は皆マザコンよっ」
 がばりと水谷が割りこんで来た。
「・・・てウチの姉ちゃんが云ってたよ」
「・・・どうりで、真に迫ってたな」
「──姉さん、苦労してんの?」
 ここで今度は外野から野次が入る。
「五組の彼女に云われたんじゃないのー」
「エうっそ、水谷いつの間に!」
「ばっ・・・だからあれは違うの!テキトー云ってんなよ!」
「あ、あれっ。二組のテニス部じゃあ」
「ふ・・・ふたまた?」
 おおおぉ。賞賛と非難いっしょくたのさざなみが走る。
「違うってぇ!」
 もはや完全に話は外れた・・・。
 喧騒を放ってやれやれと息吐く阿部を栄口がひょい、と窺う。
「──なに?」
「阿部がタイプじゃない?」
 と、何気ない口調で爆弾を落としてくれた。
「三橋みたいな女のコ」
「冗っ談じゃねえよ!」
 コンマ二秒の即答になった。
「だって、最初はどうなるかと思ったけど、ちゃんと面倒見てるしおかげでアイツもあんなに馴染んできたし。阿部的に庇ってあげたいタイプじゃないの?」
「庇ってないだろっ」
 反対、泣かせている記憶はあったが。
「どうしてあんな、怯えまくりの挙動不審で解りづらい・・・っ」
 ぺし!
 誰かの平手が背中をはたく。
 そんなもので阿部のブレーキは掛からなかった。
「いちいちイラつかせるわジリジリするわ」
「ちょ、ちょっと」
「三橋みたいな女なんてウザいに決まってるだろーが」
「阿部っっ!てば」
「あん?」
 栄口が強張った笑顔で指さして阿部はようやく振りかえり、お約束通りに立ちすくむ三橋本人を見たのだった。
「んな・・・」
 絶句する対面で解りやすく青ざめていく(投手のくせに)日焼けの目立たない頬。そう、顔色だけは解りやすいのだ。
「あ、ややこしい事になりそう・・・」
「さーかえーぐちぃっ」
「いやあのご免なさい、でもホラ今は、な?」
 拳を震わせて迫る阿部を掌で方向転換させて、栄口は彼を三橋のほうへ押しやる。後は任せる気まんまんだ。
 誰のせいだよ。
 などと責任追及あるいはフォロー押し付けまたは賠償請求、および報復行為は後回しにすべきだった。
 三橋がうるうるふるふるしている。
 突つけば不安定な積み木のごとくバラけて地面に散らばることだろう。
 衝撃からさめて駆け出したりしないうちに先手を打つ。阿部は彼に一歩踏み出した。
「みは・・・」
 びく、と三橋が震えた。
 怯えられた。
 キョドってるだけじゃなく、今のは。
 会ったばかりみたいな・・・・・・再会した元チームメイトに見せたみたいな・・・


 体温が上がった。


「三橋!」
「あぁぁー阿部」「声大きい、掴み荒いって・・・」
 詰め寄り、反射で逃げる後ろ襟首を捕まえた阿部に、傍観サイドがさわさわとざわめく。
 構わず視線をとらえようと覗いた顔は涙を堪えていて、泣いていたほうがまだマシだった。
「おい。誤解すんなよ?」
「あ、の」
 じたばたもがきながら三橋は云った。
「仕方、ない、から。ホ ホントだ、から。気に・・・」
 ぎゅっと唇を引き結び、気にしないでクダサイ、と蚊の鳴くような声で三橋がいいきった。
「あのな、今のは!女の話をしてたんであって!」
 自分みたいな女はウザイって、話は別物になるだろーか。
 フォローの言葉を一応捜して栄口らは目を交わしあったが、意見を出す者は無し。
「──コラ聞けっ」
 首を竦めて目もきつく閉じ、ちぢこまった三橋に阿部も容赦を忘れた。
(ええいめんどくさい)
「ふえ!?」
 がっし!と胸元に三橋の頭をくっつけて──要するに抱きこんで、決然と阿部は告げる。
「オドオドビクビクですぐ泣いて苛々させられて解りづらくてもっ」
「う・・・」
 じゅうたん爆撃。ギャラリーはおそれおののき、三橋は半死半生だ。
 が。
 あるいはその性格ゆえ───
「お前の場合は構わないんだよ!」
「は」
「他の誰がそんなでもウザいけど。お前はそうだから三橋なんだ!」
 それもどうなのよ、と周りは思ったが三橋には響くものがあったらしい。じたばたが止まっている。
 正念場、と阿部は言い聞かせる。
「つまり・・・お前はそれでこそっていうか」
 投手という人種を突き放して見ていた彼が。
 どうせ此方をカベにしか思わないなら其方のことだってどうでも良い・・・『使う』だけだと、失望を元に形づくった信念を。崩した。


 何かしてやりたいと思わせてくれた。


 『庇ってあげたい』ワケじゃない。囲って隠すのとは異なる。
 むしろ逆なくらいだ。その努力や情熱や、三橋の覆われて見えないものを自らの手でクリアにして、知らしめたいとさえ思っているのだから。
「三橋は三橋だから。良いんだ。」
「あ、あべく・・・」
 三橋の頬に赤味がもどる。どうにかなったか、と阿部もホッと力を抜く。


(・・・て。田島みないた物言いになってしまった・・・)
 と、語った本人は考えていた。


(ノロケ?)
(ノロケ・・・)
(ノロケか───)
 と、聞いたチームメイトたちは感じていた。


 涙目で胸先から見上げてくる瞳を、阿部は確と見つめ返す。
 何となく停止してしまった空間。
 やって来た台風が目を輝かせた。
「あーーー!俺も混ざる!」
「ばっ、止せ!」
「ひっ」
 乱入した田島の突撃でまとめて転がる羽目になり。
 その後から現れたキャプテン花井が叫んだ。
「たーじま、オイ!プロレス禁っつってるだろが!いつも!」
 怪我するか、させるから。
 PRIDEだのMAXだの、TV中継があるとすぐ言いつけを忘れる4番。
 未練たっぷり田島も食い下がる・・・おもちゃ買ってというとこだ。
「うー。カントクは、たまに技ぁ〜」
 披露したりする、が───
「あのヒトはプロだから当然だ!」
 断言する花井に田島がおとなしくなった。
「そ、そうか。プロかあ」
 うむっと頷いておいて花井はバッテリーに向き直った。
「モメ事ならミーティングで議題にするか?」
「ヤメロ」
 虫でも払うように阿部は右掌を大きく振った。そんなことをされては(今さらだが)晒し者である。
 何か言いたげな花井はカリカリこめかみを掻くと、顎をしゃくった。貴重な練習時間を優先させたのだった。
「なら放してやれよ」
「あ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 見おろせば抱えたままだった頭が耳まで赤くしていた。
「うわっ。悪ぃ」
「ん、んん」
 解放された三橋は俯きがちに淡く、だが確かに微笑う。
「・・・あ、ありが、と、う」
 意外な見物に思えて阿部が眺めると、いつものように口ごもりながら礼を云った。
「あ?いや・・・」
 礼を云われるようなことはしてないけど・・・。
 やっぱ解からねえと心中呟き、阿部も立ちあがった。



 コミュニケーションのままならない生物、その三橋が。
 チーム西浦に居付くことが出来たのは阿部居てこそなのだが、本人に自覚は無かった。





 蛇足──。


 もし。
 もしも栄口が水谷の話みたいにマザコンで、三橋がタイプだったらどうするよ。
 ふと考えた阿部は、だからどうするって何なんだ!?とグラ整で持っていたトンボに当たりちらした。(そしてモモカンに見られ金剛輪ことアイアンクローをくらったうえ、青春の始まりねえ。などとむふと笑われた。)


-終-
クレナイネイコ
たけばやシェスタ
(REBORN!!)